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    <title>坂本龍馬のすべて</title>
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    <updated>2009-09-28T06:30:25Z</updated>
    <subtitle>「坂本龍馬のすべて」にようこそ。　日本人なら誰しもが知っている坂本龍馬が生まれたのは天保６年１１月１５日（西暦で１８３６年１月３日）でした。亡くなったのは慶応３年１１月１５日（西暦で１８６７年１２月１０日）ですので、３２歳と言う若さで亡くなりました。</subtitle>
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    <title>「坂本龍馬 幕末歴史検定」</title>
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    <published>2009-09-28T06:30:09Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:30:25Z</updated>

    <summary> ２００８年に放映された大河ドラマが「篤姫」だった事もあり、にわかに幕末ブームが...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
２００８年に放映された大河ドラマが「篤姫」だった事もあり、にわかに幕末ブームが漂う昨今、今や「歴ドル（歴史アイドル）」なんて言葉も登場した程、幕末が今人気になっています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
そんなあおりを受けてか、２００８年１１月１６日（日）「坂本龍馬 幕末歴史検定」と言う坂本龍馬が生きた幕末を中心とした検定が行われました。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
開催地は首都東京を始めとして京都、長崎と言った坂本龍馬ゆかりの地で行われているのもユニークな事だと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
なんとなくですが歴史の検定があるのは分かりますが、坂本龍馬個人を題材にした検定があるのはとてもユニークな事だと思います。それほど坂本龍馬の人気と言うのは物凄いと言う事なのでしょう。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
第１回目に行われた検定の時には、会場に多くの人が集まり自分こそが「龍馬命」と言う様な感じの雰囲気も感じられたようです。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
亀山社中をもじった「全国龍馬社中」と言う所が主催する検定ですが、その公式ホームページには練習問題が出来る様になっているのですが、これが結構難しいのです。とは言う物の坂本龍馬ファンにしてみたら簡単な問題かもしれませんが。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
そんな検定も、第２回が行われる事になりました。日程は２０１０年３月、奇しくも大河ドラマで「龍馬伝」が放映されている時期に開催されるのですから面白い話だと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
是非「坂本龍馬 幕末歴史検定」を受けて、自分こそが龍馬命と言う事をアピールしてみてはいかがでしょうか。きっと勉強するのも楽しいと思いますよ。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>薩長同盟</title>
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    <published>2009-09-28T06:29:40Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:29:57Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬が関係している事に「薩長同盟」と言う歴史があります。「薩長同盟」とは江...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬が関係している事に「薩長同盟」と言う歴史があります。「薩長同盟」とは江戸時代の好機である１８６６年に、薩摩藩と長州藩の間に交わされた政治・軍事を目的として同盟です。他に「薩長盟約」「薩長連合」と言う様にも呼ばれています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
幕末において薩摩藩と長州藩は互いに政治の世界で多大なる影響力を持っていました。その２つの藩が「討幕」と言う思想の点では共通していたと言います。しかし西郷隆盛や大久保利通がいた薩摩藩は、長州藩を会津藩と協力して京都から追放した事から（これが政変や禁門の変）敵対する様になったと言います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
しかし、その敵対していた２つの藩が何故同盟を結ぶまでに至ったのかと言うと、土佐藩を脱藩した坂本龍馬、中岡慎太郎は自身らが立ち上げた亀山社中と言う会社を使って、薩摩藩と長州藩の斡旋をした事をきっかけにして、討幕運動に協力する６カ条を打ち立て薩長同盟を締結させたと言う事です。但しそこに至るまでには様々な会談を経てやっと漕ぎつけたと言う形だった様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
この薩長連合が成功をした背景には、当初は反対していた西郷隆盛に対して、同じ長州藩の木戸孝允と言う人物が、その理由を打ち明けた事が決め手になったと言われています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
この様に薩摩藩と長州藩が締結された背景には、坂本龍馬が大きく関わっている事がお分かり頂けると思います。表だって行動していない様で、しっかりと行動を起こしているのはさすが坂本龍馬だったと言えるのではないでしょうか。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>坂本龍馬記念館</title>
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    <published>2009-09-28T06:29:04Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:29:20Z</updated>

    <summary> 高知の桂浜には「坂本龍馬記念館」があります。開館したのは１９９１年と言う事なの...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
高知の桂浜には「坂本龍馬記念館」があります。開館したのは１９９１年と言う事なのでまだ出来て２０年も経っていないのですが、記念館を誕生させるいきさつは１９８５年と開館より６年も前に有った様です。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬生誕１５０年を記念して１９８５年頃、記念事業実行委員会が発足したのが記念館設立に向けての始まりだった様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬記念館を作るにあたっては色々と大変だった様で、誰かの支援金で作るというスタンスではなく、青年達の募金活動によって作り上げると言う精神で作られたそうです。これは同じ桂浜にある坂本龍馬像が募金によって作られた事を受けての事だった様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その募金を集める為に様々なイベントが行われ１９９１年にやっと開館を迎える事が出来たと言う事で、坂本龍馬に関する強い思いが伝わってくる様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
先ず入口に入ると、坂本龍馬の蝋人形があるのですがその姿はやはり凛としていて、視線は世界を見つめているかの様に遠くを見つめています。近代的な建物の中にある坂本龍馬の人形は違和感がなく、新しい事に目を向けていた坂本龍馬には相応しいのではないかと思います。</p>

<p>また、展示物としては龍馬が愛した刀、使っていたピストル、龍馬に関係している人物の銅像の写真等、坂本龍馬に関する資料や物が色々展示されています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
また、案内図録が発売されている等、記念になる物もありますので是非「坂本龍馬記念館」に行ってみて坂本龍馬の人生に触れてみてはいかがでしょうか。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>墓</title>
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    <published>2009-09-28T06:28:32Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:28:48Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬の墓は土佐にあるのではなく、京都にあります。場所は京都八坂神社の南東に...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬の墓は土佐にあるのではなく、京都にあります。場所は京都八坂神社の南東に位置している「維新の道」と言う坂道を上がった所にあります。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
場所は東山霊山と言うところで、ここには霊山護国神社があるのですが１０４３名もの明治維新に尽力を注いだ人達が弔われていると言われています。この霊山護国神社内にある墓地に坂本龍馬の墓があります。またここには坂本龍馬だけではなく、一緒に近江屋で暗殺された中岡慎太郎をはじめとして高杉晋作、桂小五郎、新撰組によって暗殺された人達等たくさんの偉業を成し遂げた方々が眠っています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬の墓地は一般の人の墓地とはちょっと違った雰囲気を出しています。先ずは墓所へ入る為には３００円の入場券が必要になります。でもこの入場券ちょっと嬉しい工夫がされていて、券自体が坂本龍馬の名刺になっているのです。「土佐海援隊隊長、亀山社中代表取締役」と書いてある入場券は坂本龍馬ファンなら誰でも喜ぶものではないでしょうか。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
次に入口から坂本龍馬の墓までの道には石板が山ほど置かれていて、その石板には龍馬への熱い言葉やメッセージが書かれています。物凄く熱いメッセージばかりなので坂本龍馬がいかに愛されていたヒーローだったのか伺える様です。坂本龍馬の墓からは京都市内が一望できる様になっていますのでいつでも世界を見据える場所に眠っていると言える様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
霊山護国神社に併設されている霊山歴史館は歴史を扱っている博物館なのですが、坂本龍馬にちなんだ５,０００点以上の資料や品物が展示されているそうです。<br />
</font></p>]]>
    </content>
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    <title>亀山社中そして料亭「花月」</title>
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    <published>2009-09-28T06:28:03Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:28:19Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬と「亀山社中」の関係についてですが、簡単に言うと坂本龍馬が立ち上げた日...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬と「亀山社中」の関係についてですが、簡単に言うと坂本龍馬が立ち上げた日本初の「会社」です。創設は１８６５年で薩摩藩、長崎の小曽根家の協力を得て創設したそうです。この２つが協力をしたのはスポンサーと言う立場からと言う見方もあります。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
設立当時、亀山社中は筆頭が坂本龍馬、社員として勝海舟が設立した神戸海軍操練所にいた同志達で発足したそうです。海軍操練所はその時には既に閉鎖されており同志たちはそれぞれバラバラになっていた所を集められたと言います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
「亀山社中」の仕事は裏表が有った様です。表の仕事としては武器や軍艦を斡旋すると言う仕事をしていたのですが、その裏とは武器や軍艦を斡旋どころかイギリスの商人であったグラバー氏から薩摩藩名義として購入をして、長州藩がそれを購入すると言う流れの仕事の仕方をしていた様です。この実績が元々犬猿の仲であった２つの藩に信頼関係をもたらせる事となり、後々「薩長同盟」と言う動きに繋がっていったそうです。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
また、長崎にあった料亭「花月」に関しては、龍馬を語る為に外せない物だと言われています。龍馬が作った亀山社中の隊士達は、日々白袴を履いて花月に通っていたと言われています。当時束の間の青春時代を坂本龍馬達は送っていた様です。その広間で酒によって坂本龍馬が花月の柱を斬り付けたと言う話もあり、証拠にその時の傷が今でも残されています。今では花月は文化財指定の「史跡料亭」になっていますが、当時は吉原と同じ様に日本三大遊里の１つとなっていたそうです。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>脱藩</title>
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    <published>2009-09-28T06:27:29Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:27:46Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬が生きていた時代である江戸時代では、藩を出る時に藩の許可を得なくてはな...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬が生きていた時代である江戸時代では、藩を出る時に藩の許可を得なくてはならないと言う規則があったそうで、藩を出る時に関所を通るのですが、ここで藩の許可を得たと言う手形を見せなくては通れなかった様です。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
しかし坂本龍馬が行ったのは「脱藩」と言い、これは藩に無許可で藩を出てしまう事で、今で言うとパスポートを持っていないのに日本を出てしまうと言う事と考えて良いと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬が脱藩したのは１８６２年３月、龍馬が２８歳の時で、長州藩から薩摩に行こうとしていたと言われているのですが、本当のところは定かではありません。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
脱藩した年の秋には、龍馬は江戸に行き勝海舟と言う幕府付けの軍艦奉行並に弟子入りしました。この時のいきさつは色々な説がある様ですが、勝海舟が残した『氷川清話』と言う資料には「坂本龍馬は自分を殺しに来た」と言う様に書いてあります。しかし元福井藩主だった松平春嶽が残した回顧録には、「松平春嶽が勝海舟へ坂本龍馬を紹介する為の紹介状を書いた」と言う事になっているみたいで、これをみると坂本龍馬が勝海舟を殺そうとしていたとは全然思えないと言う事になります。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬は勝海舟の為に一心に働いたと言われていて、勝海舟が幕府から命ぜられた仕事の一環として建設された海軍操練所、それに併設された私塾に入門し、勉強しながら勝海舟の片腕として働いていた様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その後、勝海舟の使者として西郷隆盛と対面した龍馬は運命的な出会いをしたと言えるでしょう。<br />
</font></p>]]>
    </content>
</entry>




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    <title>フリーメイソン</title>
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    <published>2009-09-28T06:27:00Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:27:18Z</updated>

    <summary> フリーメイソンとはイギリスで発生された男性のみの秘密結社で、目的としては会員同...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
フリーメイソンとはイギリスで発生された男性のみの秘密結社で、目的としては会員同士の親睦を目的とした友愛団体であると言われています。この秘密結社は世界中に派生したとも言われています。厳密に言うと「フリーメイソン」と言うのは会員個人の事を指している様です。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬もその１人だったのではないかと言われているのですが、その真実も定かではありません。この話の根源になったのは薩長同盟で、元々薩長同盟を締結させる際に各藩が武器を入手していたのですが、その入手先は坂本龍馬が設立した海援隊でした。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その海援隊がどこから武器を入手したのかと言うと、イギリスの武器商品であったグラバーだったのではないかと言われています。そのグラバーがフリーメイソンだったのではないかと言われているし実際にグラバーが住んでいた家の所にフリーメイソンの印が描かれた物があるのですが、実際はフリーメイソンだったと言う事実は何処にもなかった様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
グラバーがフリーメイソンなのなら、坂本龍馬もフリーメイソンだったのではないかと言う見方も強いのですが、真実が分からない今違うのではないかとも思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
但し、フリーメイソンの教えはとても寛大な物の様で、差別を無くし、不幸な人々を助け、人類に対して寛容を教えると言ったものだった様です。そんな教えは世界を見据えていた坂本龍馬にとってはとても魅力的だったのではないでしょうか。もしも坂本龍馬がフリーメイソンだったらと言う仮説ではありますが・・・。<br />
</font></p>]]>
    </content>
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    <title>大政奉還</title>
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    <published>2009-09-28T06:26:04Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:26:27Z</updated>

    <summary> 龍馬の活躍は物凄くて１８６６年７月、龍馬が設立した亀山社中は第二次長州征伐が起...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
龍馬の活躍は物凄くて１８６６年７月、龍馬が設立した亀山社中は第二次長州征伐が起こった為、長州藩を助けようとしてユニオン号で参戦したと言われています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
また、北海道の蝦夷・島根県の竹島等の開拓をしたり、薩摩藩と長州藩の商社を設立させようと画策したりして政治だけでなく経済としての素質も遺憾なく発揮していた様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
そんな目覚ましい活躍をしている坂本龍馬に白羽の矢を立てたのが「土佐藩」でした。土佐藩は薩摩や長州に遅れを取っていた為に、坂本龍馬に協力してもらおうと、当時土佐藩で実験を持っていた後藤象二郎が坂本龍馬と会談しました。この会談で討幕を考えていた坂本龍馬は土佐藩を利用できるのではないかと考え土佐藩と組む事を決めました。龍馬が土佐藩になった事から、龍馬が作った組織「亀山社中」は「海援隊」へと名前を変え土佐藩の組織として活動する事になった様です。もちろん龍馬は海援隊の隊長として就任する事になりました。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その頃、薩摩藩と長州藩は武力で討幕をしようと考えていましたが、土佐藩はこれを避けたいと思い龍馬と策を練っていました。龍馬は土佐藩の船の中で「大政奉還」になる策を後藤に提案したと言います。この策が８つあることから「船中八策」と言う様に呼ばれています。この船中八策を後藤から、土佐藩主山内容堂を介し当時の将軍徳川慶喜に建白をして、受け入れられた事により政権が朝廷に奉還したと言うのが大政奉還の流れになります。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>日本で最初に新婚旅行</title>
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    <published>2009-09-28T06:25:19Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:25:39Z</updated>

    <summary> 日本で初めて新婚旅行をしたのは坂本龍馬とおりょう夫妻だと言われています。 ...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
日本で初めて新婚旅行をしたのは坂本龍馬とおりょう夫妻だと言われています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
慶応２年の１月に京都伏見にある寺田屋と言う所で坂本龍馬は幕吏達に襲われ、手に深い傷を負いました。傷は両手に受けたみたいですが特に左手の親指の傷が重傷で大変深い傷だった様です。その後、最初は薩摩藩にいたのですが、西郷隆盛らの勧めで鹿児島に「おりょう」と言う妻と一緒に行ったそうです。当初は鹿児島城下でひっそりと暮らしていましたが、傷の療養も兼ねて霧島にある塩浸温泉と言う場所へ旅に出たそうです。この時勝海舟から「西洋には結婚したら夫婦二人で旅行に出掛ける『新婚旅行』と言う物がある」と言う事を聞いていた事もあって、坂本龍馬はこの霧島への旅を「新婚旅行」と言う様になぞらえたそうです。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
旅行は塩浸温泉から始まり、高千穂峰、霧島神社等多くの場所を２人で訪れたそうで色んな場所にその足跡が残っています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
この時、深手を負った龍馬を献身的に介護したのが妻のおりょうで、医者の娘であったおりょうは龍馬の為に一生懸命尽したそうです。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
この時の新婚旅行が坂本龍馬の生涯の中でもこれ以上に無いと言う位、のどかで穏やかな旅行だった様で、姉である乙女に何通もの手紙を送っていたと言われています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
幕末の世の中、新婚旅行等知りもしなかった時代に龍馬は新しい事をパッと取り入れて実行したのは本当に凄い事だと思います。この行動力こそが新しい時代を開いた原動力となっているのではないでしょうか。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>何故ブーツを好んたか</title>
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    <published>2009-09-28T06:24:37Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:25:04Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬が写っている肖像画を見るとブーツを履いている写真があります。この時代の...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬が写っている肖像画を見るとブーツを履いている写真があります。この時代の人にしてはブーツを履くと言う事が珍しい事だった様です。だって着物にブーツと言う姿なのですから、ちょっと考えたらチグハグの様な感じに見えると思います。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
でも坂本龍馬はとてもハイカラな人だった様で、好んでブーツを履いていた様です。<br />
ブーツを履いている写真の１つに立って写っている写真が有りますが、このブーツは長州の高杉晋作から戴いたものだと言う様に言われています。長州ではその当時長州沖に来ていたイギリス軍やオランダ軍等外国船に対して攻撃をしていた時期だったのですが、その外国船に乗っていた乗組員が履いていたブーツを、坂本龍馬に渡したと言う説が流れています。その写真から判断すると誰かが先に履いていたと言う面影が有る様にブーツの先は破けていたり、履き潰したかのように爪先部分がそりあがっていたりしている様に感じられます。真意は定かではありませんが、そうではないかと言われています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
また別の坂本龍馬の写真では座っている姿で写した物があるのですが、この写真でもブーツを履いて写っています。これは坂本龍馬が亀山社中と言う商社を開設し、外国から色んな物を輸入している時の立役者としてグラバーと言う方の力を借りていたそうです。そのグラバーが住んでいた場所に靴屋があり、坂本龍馬が履いていた靴が既にボロボロだったのを見かねて新しい靴を作ったのではないかと言う様な説があります。<br />
この様に坂本龍馬はブーツを偉く気に入って履いていたと言う事が伺えます。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>名言について</title>
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    <published>2009-09-28T06:23:10Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:24:21Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬は色々な名言を残していると言われています。それを少しご紹介したいと思い...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬は色々な名言を残していると言われています。それを少しご紹介したいと思います。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
【名言】「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」<br />
【意味】世間の人が言いたいのであれば自分の事を言いたいだけ言えば良い、でも自分のやりたい事は自分だけが知っているのだ。と言う様な意味だと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
【名言】「善く問いを待つ者は、鐘を撞くが如し」<br />
【意味】ここで言う「善く問いを待つ者」と言うのは良い教師、立派な教師を意味しています。簡単に意味を言うと「善い教師は生徒にとって鐘の様な物である」と言う様に言っています。これはくだらない質問を生徒がした場合にはくだらない答えしか返って来ないが、良い質問をすれば的を得た良い答えが返ってくる。鐘の様な物と言うのは小さく叩けば小さく鳴るし、大きく叩けば大きく鳴ると言うのに例えています。<br />
人間関係を教師と生徒と言う立場から表した教育に関する名言です。この名言は西郷隆盛を評した言葉だと言われています。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>おーい！竜馬</title>
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    <published>2009-09-28T06:22:33Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:22:49Z</updated>

    <summary> 武田鉄也原作、小山ゆうが描いた坂本龍馬の漫画「おーい！竜馬」がとても面白いです...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
武田鉄也原作、小山ゆうが描いた坂本龍馬の漫画「おーい！竜馬」がとても面白いです。もちろん坂本龍馬の大ファンである武田鉄也さんが原作ですので、視点が坂本龍馬でとても良いイメージで書かれているのですが、幕末の時代を書いた漫画としてはとても面白い作品ではないかと思います。この漫画の原作を「司馬遼太郎」と勘違いして読む人も少なくは無いのではないでしょうか。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
絵も小山ゆうが書いているので心理描写もバッチリですし、殺されるシーンなんかはちょっと残酷とも思える様な写実性が見てとれます。また幕末の時代に底辺で生きている人達の様々な心情なんかはとてもよく描かれていて、長編漫画なのですが楽しんで読む事が出来ます。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
土佐藩の身分格差、内政、坂本龍馬に関係している人達の登場、関係していないだろうけどその時代に生きた人達も交えた内容等、歴史に沿って描かれている様でやっぱりフィクション的な内容は、歴史物の漫画と言う様に楽しんで読み進められたら良いと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その後に興味を持ったら歴史書を読む等して実際にはどうだったかを探っていった方が、入りやすいのではないかと思います。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
結構人が惨殺されるシーンが多い為に、お子様が見るのはどうかとは思いますが、時代が時代だっただけに仕方のないシーンなのかなと言うのも正直な所です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬、岡田以蔵、武市半平太、高杉晋作等様々なキャストが登場しての坂本龍馬漫画を是非一度読んでみてはいかがでしょうか。「もう１つの坂本龍馬」と言う観点で読むと面白いと思いますよ。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>竜馬がゆく</title>
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    <published>2009-09-28T06:22:04Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:22:17Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬を一躍人気者に押し上げた物が、司馬遼太郎が書いた代表作「竜馬がゆく」で...</summary>
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        <name>sakana35</name>
        
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬を一躍人気者に押し上げた物が、司馬遼太郎が書いた代表作「竜馬がゆく」です。坂本龍馬に関する本で何が好きですか？と色んな人に聞いてもこの「竜馬がゆく」を挙げる人が圧倒的に多いのではないでしょうか。司馬遼太郎と言うと「坂の上の雲」も有名ですが、やはり「竜馬がゆく」が司馬遼太郎の代表作として愛され続けているのではないかと思います。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
司馬遼太郎はいくつか幕末維新の事に関して書いていますが、その中でも「竜馬がゆく」は最初に書かれた作品と言う事です。幕末史における人物像、主要な事件、京都を舞台に繰り広げられる政治史等、幕末に関する出来事の大体がこの作品で網羅されていると言っても良い位、坂本龍馬が生きた時代は幕末時代の中心なのです。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
特に、坂本龍馬が関わっていると言われる寺田屋事件、池田屋事件、他に大政奉還、禁門の変等に関してはこの小説で明確に表されていると言っても良いでしょう。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
そう言った時代に置いて「竜馬がゆく」は坂本龍馬が生きた１日１日を追い続けていく事で幕末の事をより詳しく描く事が出来ると言う面白い作品になっています。また坂本龍馬だけではなく、勝海舟、西郷隆盛、桂小五郎、松平春獄等も重要な人物として小説の中を彩っています。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
坂本龍馬の人間像や、政治に関する様々な思い等が色々書かれていて、その流れはまるでドラマを見ているかの様なストーリー展開になっています。それが事実と重なっている事もあって面白く多くの人を魅了して、坂本龍馬を一躍人気者にした秘訣なのではないかと思います。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>人気者になった理由</title>
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    <published>2009-09-28T06:21:24Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:21:45Z</updated>

    <summary> 坂本龍馬と言うと幕末のヒーローとして世間一般の方に広く知られています。 ...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
坂本龍馬と言うと幕末のヒーローとして世間一般の方に広く知られています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
また多くの志を持っている人の理想像としてとても人気が高いと言えるかもしれません。幕末を代表する二大スターと言う形で新撰組と坂本龍馬が挙げられると思います。現代ではドラマ等で取り上げられる事も多く、「歴史上の人物で誰が好き？」と言う問いに対して常に上位にランクインする様な人物です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
それでは坂本龍馬と言う人物がこれほど人気が出る様になった理由としては何があると思いますか？坂本龍馬を題材にして書かれた司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に多大なる影響を受けたのが俳優で歌手の武田鉄也さんです。「海援隊」と言うグループを結成した位ですからとても影響を受けているのが分かります。そう言った方達がテレビや漫画、本等で大々的に宣伝したと言う事が人気の秘訣になったのではないかと言う説もあります。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
本来坂本龍馬と言うのは、織田信長の様に表立って活動をしていた政治家的な役割をしていたのではなく、どちらかと言うと目立たない裏役に徹していたと言われています。また坂本龍馬に関する資料もそれほど多く有る訳でも無い様です。ではこの坂本龍馬の人気は何かきっかけが有るのかと言うと、「薩長同盟の締結」「大政奉還」「海援隊の結成」等が挙げられると思います。こう言った事象をテレビドラマ等で放映されているのがやはり人気の秘密なのではないかと思います。でも偉大な功績を残したのは事実ですので、人気が出るのも有る意味分かる様な気がします。<br />
</font><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>龍馬伝は岩崎弥太郎の視点</title>
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    <published>2009-09-28T06:20:38Z</published>
    <updated>2009-09-28T06:21:08Z</updated>

    <summary> ２０１０年放送の大河ドラマは幕末のヒーロー坂本龍馬を主人公にした「龍馬伝」です...</summary>
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        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
２０１０年放送の大河ドラマは幕末のヒーロー坂本龍馬を主人公にした「龍馬伝」です。この大河ドラマは当時の経済人であった「岩崎弥太郎」（１８３５～１８８５）の視点で見た坂本龍馬を描いていくと言うスタイルを取っています。<br />
</font><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br><font size="3"><br />
そんな重大な役割になっている「岩崎弥太郎」と言う人物をご紹介してみましょう。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
岩崎弥太郎は、坂本龍馬が生きていた時代に「海援隊」を創設しましたがその時「経理」を担当していた人物だそうです。坂本龍馬と岩崎弥太郎は同じ土佐藩の出身と言う事から顔を知る様になった様です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
その岩崎弥太郎の活躍ですが、１８６７年の春に発生した「いろは丸事件」と言う事件が起きたのですが、この事件で坂本龍馬は「損害賠償談判」を提起しました。しかし後日になって長崎で談判が行われた際に、岩崎弥太郎は同じく土佐藩である後藤象二郎と共に坂本龍馬に加勢をして、結果的に紀州藩へ８万３０００両と言う、その当時では物凄い大金を支払わせる事として同意させたと言う立役者です。<br />
</font><br />
<br><font size="3"><br />
そんな金銭面で大活躍をした岩崎弥太郎は、坂本龍馬が暗殺された後「海援隊」が解散したのですが、土佐藩が大阪に開業させた「九十九商会」を取得して「海援隊」の後進として「三菱商会」と改名をして創設したそうです。岩崎弥太郎は「三菱商会」の創始者と言う事になります。この「三菱商会」はその後色んな遍歴を経て１８８５年に「日本郵船」として新発足しました。これは岩崎弥太郎が死んだ後の話になります。<br />
</font><br />
</p>]]>
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